雑記帳

電子計算機の"明後日"から、他愛もない話まで。

富士通が親指シフト関連製品を終息させるそうです

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表題の通り、富士通から親指シフト関連製品を終息させる予定であることが発表されました。また、このお知らせには含まれていませんが、富士通コンポーネントThumb Touchも終息予定に変更されています。

遅かれ早かれ終息するんだろうなぁ…というのは目に見えていたので*1、このタイミングだったこと以外に驚きはないです。むしろ、よくぞここまで頑張って頂いたと思います。関係者各位に「お疲れさまでした」と伝えたいです。

 

40年ともなれば、非常に多くの方々が関わったことと思います。好調な時代に携わり、発展させてくれた方々の成果はいわずもがなですが、実はここ15年以上の「延命」に携わった方々の仕事も、今後の親指シフト界隈にとって非常に重要で、埋もれさせてはいけない功績なのではないかと考えています。ちょっとこの辺の話を掘り下げてみます。

まずソフト関連で具体的に挙げると、謹製キーボードドライバやJapanist 2003のx64対応やWin8~10対応、そしてJapanist 10*2の開発といったところでしょうか。なぜこれをわざわざ強調するかというと、この一連の対応によって、Windowsのドライバ・入力周りの例外的な目まぐるしい変化を乗り越えることができたためです。当時、これらの変更によって、野良のキーボード関連ツールの多くが振り落とされ、マイナーな配列やIMEを使っていた方にとっては大きな問題になりました。富士通だって、ハナから親指シフトを継続するつもりが無いならこのタイミングで終息させるという判断だってできたはずですが、結果的にそうはしませんでした。おかげで、現在ではサードパーティツールに頼らず純正品を買い揃えるだけでも、随分とお手軽に親指シフト環境を構築し、使うことが可能です。

キーボードについても、最後までフルラインナップが維持されていたことは特筆すべきことだと思います。

  • FMV-KB613 -- 現時点でリテール唯一のブロックキーボード。メカキー。
  • FMV-KB232 -- Libertouch譲りの機構を持つ。ゴム感を感じさせないメンブレンキー。
  • FKB7628 Thumb Touch -- 薄型コンパクトタイプ。ギアリンク+メンブレン
  • アクセスのカスタムノート -- ノートPCに親指シフトキーボードを搭載できる。

少なくとも、使えるキーボードが無いから使用を諦める…なんてことにはならない位で、マイナー配列としては奇跡的に恵まれた状態と言えるのではないでしょうか。特に、公式にも快速親指シフト機能があったりして、必ずしも親指シフター全員が純正の専用キーボードを買うとは限らない状況の中で、これだけのラインナップを維持し続けてくれた訳ですから、まさに関係各者の尽力の賜物でしょう*3

 

さて、純正品を使う利用者目線で見ると、確かに現状は何の問題もないかもしれませんが、終息に伴って開発が止まるせいで、今後またすぐ環境が変わって使えなくなったりするんじゃないの? と心配する人も居るかもしれません。個人的な見解をいうと、それについては当面大丈夫なのではないかと考えています。

 

まずソフト観点(つまりWindows環境)での話です。先程の話と少し矛盾しますが、Windowsの歴史を追っていくと、伝統的に互換性を相当重要視している形跡が節々に見受けられます。一例を挙げると、Win32sに同封されてたフリーセル(1995年!)が、現行のWin10でも問題なく遊べてしまうのです*4。また、x86版とx64版でドライバ署名に対する態度が異なる点などは、この互換性意識に対する強い意思表明にさえ感じます(先発たるx86版では強制されない)。

では、なんでキーボードツール界隈で大問題になるように大幅な非互換をやらかしてしまったのかというと、当時セキュリティ関連の問題が数多く出ていて、伝統的な態度よりもそちらへの対応を優先したためではないかと考えられます。すなわち、保護が難しいカーネルモードを気軽に使わせないためにドライバの署名強制化を行い、Win32アプリの「粗野な」動きをUACなどでじわじわ締めつけつつ、恒久対策として、セキュリティリスクを低減させたUWPへの移行を進める…という流れです。UWPアプリでは旧来のIMEが使えなくされているというのも、恐らく同様の側面があるのではないでしょうか*5

翻って現在はどうかというと、MicrosoftWindowsに対する変更方針はかつてのようなドラスティックなものではなく、小規模な改良をちまちま入れていく方向に落ち着いてきました。アプリケーション環境も同様に、UWPへの移行圧が弱くなり(というか失敗し)、旧来のWin32環境を生かし活用する方向に変わりつつあるようです。恐らくセキュリティの問題も、前述の大改造によって以前ほど問題が出にくくなっていると見え、残りはDefender等による力業で個別に確保するつもりなのかもしれません。となると、今後も互換性を大きく切り捨てるような変更が行われる可能性は低いと考えられ、ゆえに、前述の山を乗り切った親指シフト環境が再び脅かされることは、しばらく無いのではないかと考えています。というわけで、これまで純正の組み合わせを使ってこなかった方々、これを機にJapanist 10は如何ですか。今ならJapanist 2003もオマケで付いてきまっせ。

欲を言えば、Japanist 10のアップデートが全くないことが心残りです。再変換機能とかは正直もう無理なんでしょう。しかし、2003では実施した令和対応とか、微妙にOAKっぽくない動き(デフォルトがIME OFF状態で、そこから無変換でかな遷移できない等)を改善する程度のことはして欲しかったです。実のところ、既に2003/10併用→10へ完全移行して半年以上になるのですが、やっぱりこの操作系の差異だけは慣れません(他は快調なのですがね)。まぁ趣味人の嗜みとしては、ごにょごにょ解析してこっそりパッチ配布とかやるべきところかもしれません(こら)。でももうそんな牧歌的な時代じゃないよなぁ…(それに、電子署名潰したらUWP環境周りで問題が出そうな気がします。…あんまし関係ない?)。

一方、Windows周りで一つだけ先行きに不安があるのは、ARM版Windowsの存在です。これがどこまで広がるのかが気になります。一応、ユーザモードアプリにはx86エミュレーション機能が入っているとのことなので、多分IME親指シフトエミュレータは影響無いはずです(実機を持ってないので未確認)。問題はドライバで、カーネルモード側のモジュールにはエミュレーションが利きません。今のところWindows搭載のARM機はごくわずかなノートタイプしか出ていないので、PS/2接続専用であるFMV-KB613との組み合わせはあり得ないですが、これがデスクトップ機に進出してくると後々問題になるかもしれません。まぁでも最悪はOyayusbyみたいな方法もありますし、親指の友 Mk-2をARM向けに移植するのはたやすいので、あまり心配しすぎるような話ではないと思います。

 

続いて、ハードの接続形態に関する話です。まずはPS/2キーボードから(現行品ですとFMV-KB613が該当します)。

かつてPS/2→USB移行が盛んに語られていた頃もありましたが、蓋を開けてみると、USB HIDクラスのあまりにも野心的(?)すぎる設計のおかげか*6、今に至るまでPS/2キーボードの完全な代替は行われていません。デスクトップ機であれば現在でもPC側にコネクタが用意されている場合がほとんどではないでしょうか。PS/2自体は簡単なプロトコルですし、デスクトップPCでよく使われている「スーパI/Oチップ」にはPS/2ポート機能が標準で組み込まれているので、PCメーカから見ても、機能提供し続けることについてはそれほど負担になるような代物ではないのかもしれません。よって、こちらも当面安泰のように思えます。それに、いざとなったらOyayusby(注: 611と同じ制御が使えるか要確認)(2020/09/22追記: 動作確認済。使えます)を使ったり、市販のPS/2→USB変換アダプタを使ってキーボードマイコンにJISかな出力させる(注: 613にこの機能が残っているか要確認)(2020/09/22追記: 確認済。残ってます)…という逃げ道もありますし。

残るはUSB接続タイプの親指シフトキーボードですが、こちらは最初から何の心配も要らないと思います。というのも、あれはキー配置が特殊なだけで、出力的には一般的なUSB HIDキーボードと何ら変わりは無いので。それに、今後USB HIDの後継規格が出ることも考えにくいです。

一方、現行製品を見るといずれも有線接続のものばかりで、無線(Bluetooth)に対応した製品は存在しません。では、有線が全滅したらどうなるのか…ですが、USBキーボードであれば、市販のプロトコル変換アダプタみたいなものを使うことで簡単に移行できるではないかと考えています。Bluetooth HID仕様書をナナメ読みした限りですと、Usage code(キーコード)の定義はUSB HIDと同じもの(というかUSBのものを参照している)のようですので、例え特殊なUsage Codeを吐くキーボードだったとしても変換できないということはないはずです。PS/2接続の場合も一旦USB化してしまえば同様だと思います。

 

最後に、キーボードの寿命に関する話です。今後新たな新品が手に入らなくなるせいで、どこかのタイミングで使用を諦めなければいけなくなるのでは…と心配する向きもあると思います。しかしそれについても、なんとか終息までの間に新品の予備機をいくつか調達しておけば一生分困らないのではないかという気がしています。というのも、富士通のキーボードって全般的に恐ろしくタフなんですよね…。

特にブロックキーボードでは顕著で、今この文章を書くのに使っているのは1989年製のFMR60KB201ですし、15年モノのFMV-KB611も未だ壊れる気配がありません。これらに使われているメカスイッチは公称5000万回耐久を誇る代物なので、スイッチがダメになる心配はほぼ無いと言えます(利かなくなったり暴れたりしても、皿ばねの固着やサビなどが原因なら簡単に直せますし)。しかし、使えなくなることは考えにくいですが、コンディションは使った分だけ確実に悪化していきます。例えば、スライダ / スライダハウジングの磨耗による引っ掛かりやぐらつきの悪化、キートップの黄変*7、テカリなどです。ただ、スライダハウジング等の機構部品は簡単に交換できる構造になっています(Libertouchも同様です)し、黄変についてもRetr0brightで復活可能です。つまり、あまり使わないキーとの間で部品交換し続けてけたり、黄ばみがひどくなったところで漂白…を繰り返すことで、単体のコンディションを随分マシに保ち続けることができるはずです。そしてそれでもいよいよダメになってきたところで次の予備機へ…みたいなサイクルを続けていけば、向こう70年位は使い続けられそうな気がするのですが…どうでしょう*8

キーボード趣味人視点で一点気になるのは、ブロックキーボード(FKB2500)の製造がFMV-KB613の終息後も続くかどうかなんですが…続いて欲しいなぁ…。70~80年代設計の富士通のキーボードって、結構外人さんの食いつきが良いみたいなんで、レトロで無骨なデザインのまま、海外向けを考慮して上手いことやったらワンチャンあるんでは? と無責任な与太プランを思っていたりするんですが…リテール出てくんないかなぁ…。

 

ひとまず2021年5月をもって、富士通としての親指シフトは一区切りを迎える予定のようです。しかしながら、NiftyServeのサービス終了時なんかと違って突然消えたりはしない訳ですから、私を含め親指シフター各位はその日を過ぎても、きっと相も変わらず粛々と、手元のキーボード・ソフトを使い続けるだけのことでしょう。そのうちまた何か問題が出てくるかもしれませんが、そん時ゃいつも通り、何か逃げ道を考えりゃ良いんです。作り手の人間が一人でも残っていれば、大体どうにかなります(します)。現に親指シフト界隈は、私を含めて野良の開発者が結構居ます。Windows環境に複数の実装があるのもそうですし、Windows環境以外で使えているのもそういった方々の功績です。キーボードコンバータなどを作ったり売ったりしてる方や、富士通以外で親指シフトキーボードを企画・設計開発・製造・販売された方などもそうですね。その人たちが飽きたり嫌気が差したりしない限りは、今後も何気なく使い続けられるものだと確信しています。

きっと将来、キーボードを使い続ける環境よりも、キーボードを使わずに済む環境の方が利便で勝ったとき、やっと親指シフトにも引導が渡るのだと思います。その時までは付き合ってやりましょ。とりあえず、総員、予備機の調達に急げ(…と思ったら、アクセス / 富士通WEB MARTは軒並み売り切れてやがる…皆さん早ええな…)。

 

一応、OASYSにも触れておきましょう(学生時代は個人的にお世話になったので)。あれこそただのWin32アプリなんで、後年まで一番問題出にくいんじゃないかと思います。ただ、それ以前に最大の問題は、ワープロ専用機やFM-OASYSを使ってた場合などのOASYS文書FDですよね…。Windows版のOASYSには文書の吸い出し機能があるので、内蔵FDDを持つ中古PCでも調達してWindows 2000/XPとOASYSをインストールしてやれば、サルベージマシンを仕立てることができます。なので、手元にOASYS文書ディスクが残っている方などは今のうちにOASYS V10.0を入手しておくのもアリだと思います。尚、3.5インチ2HDの吸い出しは使える機材が相当制限されるので、その点はご注意を。3.5インチ2DD経由ならどの機体でもできます。頑張れば5.25インチ2HD/2DDもいけるはず。

*1:具体的には、Japanist 10のリリース時に予告されていたアップデートが、いつまでも行われなかったこと。

*2:ボリューム的には一番こいつがヤバいはずです。ほんと、よく出したなぁ…。

*3:尤も、私自身最後に買った新品は15年程前のFMV-KB611で、以降はFMR/FM TOWNS/OASYS専用機のキーボードをV機に繋ぐ遊びへ走ってしまったクチなので、あまり偉そうなことは言えないのですが…。

*4:ちなみにx86版であれば16bitコードも走るので、Windows 1.0同封のリバーシなんかも動くそうです(1985年!!)←これ、どうも私がWin3.0同封のリバーシと勘違いしてた疑いが強いため、訂正します。3.0は1990年リリースなので、確実に動くと言える最古のものは、その頃のアプリです。きっと昔のOASYS/Winだってそこそこ使えるんじゃないですかね。

*5:単に新しいAPIへ移行してね、というだけなら、エミュレーションモジュールなり間に挟みゃ良いだけで、現にWin32環境ではそういう機能が提供されていたはずです。それをあえてしなかったということは、互換を捨ててでも旧来のコードを走らせたくない理由があったと考える方が筋が通るように思います。

*6:これ、デバイス側の自由度が高すぎるので、そのまま真に受けるとホスト側の実装がものすごく面倒になるんですよ…。Windowsとかメジャー所はどうやらちゃんと解析してくれるみたいなんですが、USBの仕様書が全般的にフワッとしてるのもあって、しばしば「解釈違い」による問題が出るようです。一応、それを回避するために、ガチガチに固めたHID Boot protocolなんてものが定義されているのですが、これが逆に「モディファイヤキー以外の同時押し6キーまで」といったよく聞くUSBキーボードの制約を生み出してしまいました。あとWindowsのUSBキーボードドライバレイヤは非常に雑で、規格書で定義されたUsage Code(キーコード)のうち、一般的なキーボードでは使われていない定義値の大半が扱えません(スキャンコード変換時に捨てられる。この変換テーブルをハックする方法が無い)。USBキーボードに変わり種が少ないのは、ほぼこいつのせいだと思って良いと思います。

*7:富士通のは結構ひでぇんだよなぁこれが…。

*8:ええと、何が言いたいかというと、こういう代物なんで、貴様ら焦ってバカみたいに無駄な買い占めすんじゃねーぞ、俺の分取っとけ、という話です。